下落合にあるインドカレー屋。
ここのネパールのポカラ出身の
オーナー?兼ウェイターが
とても気さくで話しやすい。
味も美味しく安い。
とても良いお店です。
最近は色んな所で見かけるインド料理屋と同様、
ここで流れてくる音楽は
いかにもインドといった感じの音楽。
日本でいうと演歌といったところでしょうか。
インドの雰囲気を味わうには
ちょうど良い音楽です。
それを聞きながら、
ふと感じたのは、
なぜ「演歌」好きだった日本は
ロックやポップ、海外の音楽に傾いていったのか。
昨年行ったネパールでも、
ヨーロッパ系の音楽が流れる場所はありましたし、
恐らく時間を掛けて日本のように
なっていくのだろうとも感じました。
新しい音楽や文化に対して
柔軟に取り入れない国はありません。
鎖国や軍事体制で統一されてた
経験を持つ日本でさえ
「もうちょっと自分を持てよ」
と自国を批判する人が多いぐらい柔軟です。
でも、慣れ親しんだ音楽や文化が居心地良いはずです。
なのに、何故か異国の文化を取り入れる。
異国の文化を取り入れる人を左翼。
反発する人を右翼。
そんな安易な考えにしたくない。
自分の父親は大の演歌好きでした。
その下の代の僕ら兄弟はロックやポップ好きに。
僕らの年代じゃ当たり前の流れですね。
今は見方は違いますが、当時としては、
演歌にはうんざりしてたしダサさの象徴でした。
反発もあって違う文化を選択していった部分もありそうです。
よくある親への反抗。
どれだけ完璧に近い教育をしたって避けれないという。
それというのは
ある意味、
現在あるものに「飽きる」状態ともいえて、
現在あるものに「疑問を感じている」状態ともいえる。
それは、
長い目で人間が現状に満足しないで、
永久的に種族を保存していこうとする
遺伝子に基づく反応なのかもしれない。
汚い手まで使って、
そういった次世代の反抗を潰そうとしたら、
それは破綻につながるのでは?
昨今のスペシャルな大企業が破綻していくのは、
完璧に近いビジネスモデルを
反発する人から守りすぎてきたからかもしれない。
青臭い反発には未来があったりするのかも。
それに気付けるか気付けないかは
経営者の能力というよりも感性なのでしょうね。
しかし、大企業がいつまでも続いていては
新興企業が生まれず経済に動きが減る。
矛盾や不安定を持ちながら
経済や世界はなんだかんだ
良い方向へ向かっているのかな。
と、ナンをカレーに付けて食べながら
ふと考えていました(笑)
手がまだカレー臭い・・・・。